なぜスクラムマスターが必要なのか

スクラムマスターの役割というのは一般的には誤解されている

これはコーチングが一般的に誤解されているのと非常によく似ている。そもそもコーチングという概念そのものが誤解をされやすい上に本来は高度なスキルを要する必要があるにも関わらず、高度なスキルを持ち得ないコーチがコーチングと称して様々な誤解を与えたまま、それらを正しく訂正せずに放置してきた結果である。まさにそのコーチングが歩んできた失敗をスクラムマスターも歩もうとしてしまっているように見える。

スクラムマスターはメンバーの自己肯定感を高める必要はない

自己肯定感を高めるよりも、正しく現実を認識させることに注力するべきである。人間は現実を正しく把握することが苦手である。 人は脅威に対する恐れから、失敗に対して過度な不安を抱く。そうすると失敗ばかりを認識するようになり、客観的な現実よりもよりネガティブな情報をより多く認識するようになる。実際にはポジティブな現実もあるにもかかわらず。そもそも何かを成し遂げるというのに自己肯定感は不要である。自己肯定感よりも能力の方が重要である。 

自己肯定感というのは、例えば何か失敗やリスクに対して恐れを抱くことそのものに対して、「リスクを恐れるな」「不安になるな」と鼓舞して、「自分たちはできるんだ」という自己愛へと向かわせることである。いわば自分自身を愛するという感覚を持つこと、これを前提に考えるというやり方が自己肯定感を高めるやり方である。

自己肯定感ばかりを求めていると能力が伴っていないのにも関わらず「自分はできる」と思い込んでしまう、あるいはできてもいないのに褒めて甘やかすなどということが起こってしまう。

子供を教育する時に褒めて伸ばすというのはよく信じられた神話だが、研究では、何かをすると常に褒め続けて接してきた子供と、全く褒めずにただ教えただけの子供を比較した場合、全く褒めずにただ教えただけの子供の方が能力は早く身につく。なぜそのようなことが起こるかというと、常に褒め続けられてきた子供は、難しい課題に挑戦しなくなるのである。難しい課題に挑戦しなくなった結果できることばかりをし、能力が頭打ちになった。 褒められるという外的な報酬が仕事の成果に結びついてしまった人は、仕事の内容そのものに喜びを見いだすことが難しく、常に得られるはずであった報酬を失敗によって得られなくなってしまうかもしれないという恐れの方が上回ってしまい、そして失敗を過度に恐れるようになってしまうのである。 最も効果が高い褒め方というのは、 仕事に対して没頭し熱心に仕事に取り組んでいるその没頭感に対してであり、そしてその場合も常に褒めるのではなくランダムに褒めるというものである。褒められることを期待して仕事を行うというスタイルにさせないことである。

褒めるというのを報酬として用いるのではなく、本人自身が気づかなかった別の視点を提供する目的として、褒めるという行為を使うのである。

結果的には褒めるということをそのものが能力を伸ばす効果があるわけではなく、正しいフィードバック・有益なフィードバックを褒めるというスタイルで行うということが役に立つのであって、そういう意味ではただ褒めてさえいれば能力は伸びるというものではない。

重要なのはビジョンを描きそして正しい現実を直視し、そのビジョンと現実のギャップを認識することである

決して出来もしていないのに現実にはもうすでに手に入れたかのような自己欺瞞に陥ってしまうことは避けるべきである。特に人間は簡単に自己欺瞞を起こす。むしろ自己欺瞞を起こすのはごく自然なことである。人は社会的な生き物であり自己欺瞞を起こすメカニズムというのは時に有益な場合もある。なのでありとあらゆる自己欺瞞を徹底して排除するということを狙うのではなく、チームにとって有害な自己欺瞞を防ぎ修正を行うのである。

個人で何かを取り組むよりチームで何かを取り組んだ方が生産性が高くなるのは、互いに自己欺瞞に対するチェックが行われるからでもある。それらのチェックを有効にするためにも、チームで取り組むときには、互いの意見に対して無条件で受け入れるのではなく、批判的に捉えるという態度が必要である。意見に対する否定ではなく、正しい批判を行うのである。

真に優れたチームというのは、この正しい批判が行われているのであり、この正しい批判を行うためには互いを高いレベルで信頼し合う必要がある。心理的安全性というものである。心理的安全性の高いチームほどチームとしての成果が高い傾向にある。心理的安全性というのはそれぞれの意見が吟味され内容に対する否定が行われることあったとしても、意見をするという行為そのものが否定されることはないという安心感である。

互いを高いレベルで信頼し合うには、そのための場を作る必要があり、その場を作るための役割というのがチームがうまく機能するためには必要であり、それがまさにスクラムマスターが担う役割である。

これが通常はリーダーと呼ばれる人間であったり、コーチと呼ばれる人間の役割であったりするが、私は特にこの役割について何か特別な肩書きを用意する必要はないと考えている。 スクラムマスターがこの役割を担うというのは実際にはかなり高度なテクニックを要するが、あまりにもスクラムマスターの役割に対する定義が曖昧すぎると、実際にはただ雑用を行う、進捗管理を行う、連絡事項を伝える、チーム以外の人間に報告するための資料を作成する、バックログやドキュメントの整理を行う、など、本質的ではない業務ばかりをやってしまう名ばかりのスクラムマスターが出来上がってしまう。そうなるとスクラムマスターそのものの存在意義は薄くなり、そしてスクラムマスター自身の生産性は、それが雑用によってえられたアウトプットをもとに算出されることになるので、結果的にそういったスクラムマスターの生産性は低いものとして評価されてしまうことになる。このような前提でスクラムマスターの生産性を高いものにしようと考えた場合、スクラムマスターはマネジメントに走ることになる。マネジメントを手がけることで存在意義を出そうと考えてしまうのである。

しかしスクラムマスターはマネジメントを行うという役割ではなくあくまでもボトムアップでチームのメンバーそれぞれが互いに信頼し合える状況を作るという事に徹するべきであり、メンバーを管理して言うことを聞かせようなどと働きかけるべきではない。

という意味で行けばスクラムマスターというのはコーチ的な存在であり、従来のマネージャーが行うマネジメントという概念には当てはまらない存在である。

マネジメントはスクラムマスターの仕事ではない

ここで少しスクラムマスターについて誤解が多い点としては、スクラムがうまく機能するためのスクラムの作法をメンバーに守らせる、というものがあるが、これはあくまでもスクラムの作法を真に理解した者としてのスクラムマスターの振る舞いの意味であり、スクラムの作法を正しく守らせるためにメンバーを管理するというものではない。

なのでもしスクラムマスターが細かくメンバーの行動を把握しようとしたり、次の行動の指示を出していたり、これから行うであろう作業のバックログの見積もりを計算していたり、それらの状況をマネジメント層に説明をしていたり、ということが行われていた場合のスクラムマスターは、チームの生産性を上げるということに関してはそれほど貢献できないであろう。クランマスターの存在意義というのはチームの成果を最大化することにある。時間当たりの成果の最大化を生産性というのであれば、生産性を上げることがスクラムマスターの取り組むべきことである。

そしてチームの生産性をあげるためにスクラムマスターは何をするべきか。

生産性に関して言えば、時間当たりのアウトプットの量ではない。 ROI、すなわち時間あたりに提供できる価値である。アウトプットの量と価値はイコールではない。あくまでも新しく提供できた価値を成果とし、それらの価値にフォーカスをする。常に価値を算出し比較をするという態度で臨む姿勢を定着させることが有効である。

チームの成果:価値にフォーカスせよ

ここで二つの意味での価値がある。

一つは開発期間に対しての開発できた機能の価値である。もう一つはリリース後ユーザーが使い始めてからシステムが提供した価値である。この二つの面から見て開発チームの生産性というのを捉える必要がある。

開発するスピードが速いということはもちろん、開発をしたプロダクトがもたらす価値の最大化を考えることのできるチームを作り上げるという長期的な視点も必要であり、短期的には1スプリントごとに提供できる機能にフォーカスをし、長期的にはインクリメンタルにリリースをし続けるシステムとしてのプロダクト全体がもたらす価値の最大化を考えるのである。これら両方の面から考えてもスクラムマスターがするべきことというのは従来のマネジメント層が行うようなマネジメントスタイルではないことが分かるはずである。

短期的にはいかに早く作るか、いかに早く考えるか、ということにフォーカスできるようにチームの注意力を対象のみに絞り込む制限をする必要があるが、長期的にはシステム全体を捉える続ける想像力が必要であり全体を把握することが必要になるが、全体全てを細部まで把握しきろうとすると脳に負荷がかかってしまう非効率的な方法を取ってしまうととても間に合わない。それどころか間違った把握をしてしまう。そのため、いかに本質的な構造にのみ絞って全体を把握することができるか、という、脳になるべく負荷をかけずに全体を早く把握することができるかという視点、多角的な創造的な視点、これらをチームのメンバーにもたらすことができるかどうか、というのがスクラムマスターの真の姿である。そのためには視点を切り替えることができるようにする必要があるため、ネガティブな心理状態ではなく、ポジティブな心理状態にしておく必要がある。ネガティブな心理状態に陥ってる時は視野が狭まり局所的には高い集中力を発揮するが、フォーカスポイントが狭められ過ぎてしまい視点を変えることが困難になる。ポジティブな心理状態になっている時はフォーカスポイントが緩慢になる反面、視点を変えることが容易になる。

人は自分自身で注意力をコントロールするのは非常に難しいため、短期的なフォーカスが必要な時には外部からの余分な情報遮断し集中できる環境を用意する。そして長期的な構想を作成する時には、想像力が必要なため、ストレスを減らし、脳が創造的になるようにポジティブな面を考えさせ全体を把握しやすいように道具を揃えそれぞれの意見が生産的な批判を生むような言葉遣いになるように促し、干渉をし、質問をし、固定しがちなメンバーの視点を柔軟にさせ、あらゆる角度からシステムを捉えられるようにするというのが、スクラムマスターのチームへの貢献の姿である。

実際に、チームを組成した直後というのはチームメンバーのスクラムに対する理解が低く、さらにはチームメンバーのソフトウェア開発の技術力そのものが低いというプロジェクトもある。

スクラムマスターはスクラムという手法から入りつつもそのスクラムという手法の先にあるもの、それらを理解した上でスクラムという手法を使いながらチームの生産性を上げるために微調整を繰り返しチームが提供する価値の最大化を図るのである。そういった意味ではスクラムマスターはスクラムという手法そのものをチームにとって最適なように微調整ができる能力が求められる。

スクラムから始まり、そしてその先のチームの生産性の最大化を担う。その責務を果たすのがスクラムマスターという役割である。

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