前回、アジャイル開発を成功させるために有効な考え方として『システム思考』+『デザイン思考』+『認知科学』というものが良いということを紹介し、そのうちの『システム思考』と『デザイン思考』を紹介した。今回は残りの『認知科学』について紹介したい。
認知科学
認知科学というのは、一つの学問というよりも、哲学・心理学・神経科学・人工知能・人類学・言語学の6分野が協力し合うとされている。ということで単一の学問というよりも、むしろいくつかの分野の連合体としての認知諸科学と言った方が正しい。
人間や動物は、どのように外界の情報を処理し、適切に反応しているのか、という動物も含めた人間の知能や、人工知能システムなどの知的システムの性質や処理メカニズムを理解しようとする学問である。
認知科学は広い領域なので、それをここで網羅的に紹介しきることはできないが、アジャイル開発で使える考え方は
- 人は世界を正しく客観的に認識することは困難である
- 常に錯覚を伴うという事実を受け入れる
- 直感に反する事実を受け入れる
- 事実を客観的に捉えることに努めることで理解を修正し、事実を正しく解釈できるように直感の解釈を近づけ理解を正しくしていく
という人間の認知特性をうまく現実と適合させて、長期的な成功を手繰り寄せるのである。
熱中することで生産性を上げる
カウントダウンタイマー
スクラムではスクラムボードというものを用いてチームメンバー全員の視界に入る場所に掲げておき、いつでも近づいて触れるようにしている。逆に言えば視界に入り込んでくることで無意識的に思考に干渉してくるのである。意識に対する心理的介入である。そういった心理的介入が実際の生産性にどのように影響を及ぼすのか、についてわかりやすい実験を紹介してみよう。
カウントの早さによって、意思決定、忍耐強さ、幸福度が影響するというものである。
実験ではCookie Monsterと呼ばれるゲームが行われた。クッキーモンスターがランダムにクッキーを盗もうとするので、それを阻止するというゲーム。
ゲームに表示される残り時間が3種類の異なる早さ(時間の進みが遅い5カウント、通常速度の10カウント、進みが早い15カウント)で進む。
実験の結果、カウントが早く進む15カウントで被験者はより熟考し、賢い判断をする傾向があった。これは、秒数が多いと焦ることが少なくなり、意思決定について深く考えられる気がするためであろうと研究者は述べている。
また、時間の進みが異なる3種類のカウントが全て15に設定されている場合でゲームを行った場合は、カウントダウンの進みが早いとより楽しくゲームをプレイできたということである。
これを応用して、タスクを消化する際の経過時間計測や、各種イベント(デイリースクラム、スプリントプランニング、スプリントレビュー、レトロスペクティブ)などの時間制限のために、ちょっとだけ進みを早くしたカウントダウンタイマーを全員が見えるところに設置しておくことで生産性を高めることができる。時間を早くしない通常の速度であってもカウントダウンタイマーには心理的効果があり、生産性を高めてくれる。
習うより慣れよ
アジャイル開発とは、我々が学校教育で学んできたことを否定する考え方が多く盛り込まれている。なので、どうしても今まで慣れ親しんできた考え方を否定される気がしてしまう。特に計画駆動型(ウォーターフォールモデル)開発を行っていた人たちにとっては尚更否定感は強く感じる。
そしてよく聞く声は、
- 「こんなのがうまくいくのは特殊な事例だ」
- 「実践して成功するのはエンジニアのレベルが高い場合だけだ」
- 「納期と機能実装を同時にはコミットしないなんて無責任だ」
というものである。
しかし実際に並走しながら支援をし、慣れていってもらう中で、上記の懸念は変わっていく。
さあレッツ アジャイル。
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