なぜドーピングは禁止されるべきなのか

すぐに発覚することはほぼない

ドーピングをしているトップアスリートは、全体の14~39%に及ぶというが*1)、世界反ドーピング機関が実施した検査では、検体の1〜2%しか禁止薬物の使用が発覚していない。ドーピングをしてもすぐに問題として明るみに出るわけではない。使用をしてかなりの年月が経ってから問題になることが多い*2)。そして今や国家レベルでドーピングを隠蔽しようとしていることも知られるようになった。そのためロシアは陸上ではリオ五輪に出場を禁止された*3)。国家レベルで隠蔽されていると世界反ドーピング機関(WADA)からの勧告があったにも関わらず、国際オリンピック委員会(IOC)はその他の競技の出場を認めた*4)

興味の欠如を招いてしまう

そもそもなぜドーピングは良くないのか。

一般的に認識されている点として『健康を害する』という側面であり、これは良く言われるものであり、今も強調され続けているので、あえてそれ以外のもう一つの点についても提示したい*5)

そのもう一つの点とは、スポーツの人間的な側面を奪ってしまうことによる選手への興味の欠如を招いてしまうこと、である。

例えば遺伝子操作で300mのホームランを打つ野球選手を作り出したとしたなら、最初はその超人的能力に皆注目して熱狂するだろう。しかし遺伝子操作の事実を知れば、それはもはやスポーツとは感じなくなっていき、そういう選手を生み出した医者や研究者を凄いと思っても、その選手の驚異的な成績をそのまま選手自身の生み出したものだと評価しなくなってしまう。

全選手が遺伝子操作で作り上げられた超人ばかりの試合をみて、最初は面白いと皆群がるだろう。

しかし、それらのパフォーマンスが選手の努力で得たものではないと知った上でそれでも楽しめるかとなると、すぐにその試合が機械による無機質なものであるように感じるようになる。精巧に現実に再現されたTVゲームのようなものであると。

能力の限界と対峙したときの人間の複雑さや繊細さ、そしてそれを自らの努力で乗り越えようとするドラマが消されてしまう。

『過去の自分と競う楽しみ』を追求する

この視点は、更に追加で重要なことを気づかせてくれる。

自分たちが手にしている能力のすべては、自らの意志、自らの創造行為の産物によるものだけではない、と自覚し正しく認識する必要がある、ということである。持って生まれた与えられた才能も同時に手にしているのである。

与えられたものに対して自制し謙虚の念を抱くことで、更にそれ以上の能力を不自然な方法で手に入れようとする気持ちを抑え、道徳的に正しい方法で自らの能力を鍛え上げるという決して楽ではない方法を選ぶようにすることなのである。

持って生まれた与えられた才能は不公平に見えることがある。
実際に持って生まれた与えられた才能は個人間で大きな差があり、それらが有利に働く環境においては、生まれ持って優遇された状態にあるとみなしてしまうことすらある。

身長が高い方がバスケットボールという競技では有利かもしれない。しかし器械体操という競技では不利である。競馬という競技でも不利である。ある才能の優位性は評価する環境に依存するのである。

だから自身の才能が高く評価される環境を探し続けて見つからないことを憂慮するよりも、すでにある与えられた才能に謙虚になり過去の自分と競いあう楽しみや誇りを追求することにこそ、スポーツのもたらす大事な部分がある。

見世物としてのスポーツは、スポーツのもたらす一部の効能でしかないはずである。本来、スポーツの副産物であったものが増幅され拡張されてしまい、ついにはそれだけがスポーツの効能であるかのように錯覚されてしまっているかのようだ。

だからこそ見世物ではないアマチュアスポーツの発展こそがスポーツの次なる発展に必要なのである。

注釈   [ + ]

1. スポーツ界の不正について書かれた書籍『The Edge』(Roger Pielke著)で学会誌『スポーツ医学』に発表された研究を引用している
2. あの伝説のカール・ルイスですら「ソウル大会の前に薬物検査で3度にわたって陽性となっていたのに、出場を許されたことを2003年に認めた」という
3. しかしアメリカを主な拠点としてロシア国内の組織的ドーピングに関与していないと主張していた走り幅跳びのダリア・クリシナは唯一出場した。途中、国際陸連が「クリシナが組織的なドーピングに関わり、2014年1月以降に検体をごまかしていた」との新たな情報を得たとして一時参加資格を取り消されたこともあったが、「一旦出場を決定したものを覆すのは不当」としてスポーツ仲裁裁判所に不服申し立てし、出場が認められることとなった
4. ボート競技の17人は出場禁止
5. NPB(日本野球機構)も『ドーピングが禁止される理由』として4つを挙げているが、それぞれ一文のみで各要因についての「なぜそれらがダメなのか」についての説明は十分になされていない。http://npb.jp/anti-doping/chapter1.html

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