「常に未達成で終わる目標。なのに目標を毎回毎回 設定する意味あるの?」
7年ほど前、前職でのワンシーン。後輩の新人社員が飲み会で同じ新人の同僚社員に愚痴っていた。
「今のうちのチームの目標って高く設定されているじゃない?どうせまた未達成で終わるよ。だったら目標を毎回毎回考えてわざわざ設定しなくても今年も一緒でいいんじゃない?その方が実行に時間を使えるし。今年もまた目標を考えないといけない時期がくるけれど、ただでさえやること多い忙しい時に、目標を考えることに時間に割くことが無駄に思えてくる。その分の時間を実行に使った方が効率的だと思う」
彼は、すでに目標の達成を諦めているようであった。これが古き悪しき忌まわしき旧来型組織体質の会社であったなら、「諦めるとわ何たる軟弱な精神の負け根性であるかー!」と一喝する兄貴の登場なのかもしれないが、前職はそういう職場ではなかった。良かった*1)。
しかし彼の言っていることも一理ありそうに聞こえる風に、話を聞いていた新人同僚社員が同調した返事を彼に返していた。もしかすると彼らは目標を設定する意味を勘違いしているのかもしれない、単に『目標設定の効果』に対する理解が足りていないだけなのかもしれない、と感じた。いや、彼らだけではない。世間一般的に「目標は達成するためにある。達成することに意味がある」と考えている人が多い。「達成できない目標に価値はない」と考えてしまっている人が多いのだ。『目標を設定する』ということ自体の、もっと良い使い道があるのにだ。そう、これは非常に勿体無いことなのだ。
期待値を高くする、という効果
うまく目標設定の力を使えない人に多いのが、何らかの目標設定をする際に『うまくいかなかった時のための代替案』を基準に考えてしまうという誤りだ。
例えば、独占コンサルティング契約をA社に売り込みたいとする。B社が1000万円、C社が800万円でなら成約してくれそうだとした場合、A社との契約交渉での目標額は、代替案となるB社、C社との契約を基準に考えてしまい、「1000万円以上ならOK」としてしまうのである。そして結果、それなりの成果で終わるのである。これは誤った目標設定の仕方である*2)。
しかし、目標を設定するときに、実現可能な楽観的かつ野心的な予測に基づいた最高ラインのゴールを設定するとどうなるか。期待値を高いところに設定するとどうなるだろうか。期待の力は行動に大きな影響を及ぼす、ということをまずは理解してもらえればいい。楽観的なゴールは必然的に期待値を底上げし、それに合わせて結果も向上するのである。
前述の例の場合であれば、A社に対してコンサルティングを行った場合にA社が新たに得られる利益からA社が支払っても良いと合意できるかもしれない最高額を目標に設定するのである。すると交渉時に潜在的なプラス面に集中することができ、代替案に気を取られてしまっているときよりも良い成果を得ることができる、という効果をもたらすのである。
研究からも、目標達成が困難なときほどパフォーマンスが良くなるということが実証されている*3)。なので、たとえ目標を達成できなくとも、控えめな目標よりも高い目標を掲げた方が良い ーより良い成果を求めるのであれば。
”満足感”は別問題
交渉を行う際に
- 代替案を基準にした低い目標
- 楽観的で野心的な高い目標
というそれぞれ別々の基準による目標を設定をし、その目標の達成を指示した実験での『交渉の結果得られた成果』と『被験者の満足度』の検証結果は、2の方がより良い成果を獲得したが、しかし満足度は著しく低かった。1の成果は2に比べて低かったが、満足度は高かったのである。
これは、低い目標設定では目標の達成が容易になった分、満足感を得やすくなったためである。逆に高い目標を設定すると、より高い成果を得る可能性が高まるが、目標の達成は困難になるため、フラストレーションが溜まるのである*4)。
得たいのは『高パフォーマンス』か『達成感』か
目標について考える時に、自問してみよう。欲しいのは、自らを高みに引き上げてくれる効果なのか、かりそめの達成感なのか。
冒頭の後輩社員は、達成感が味わえないことに対して不満を抱いていた。この心理状態の時には、一時的にでも目標を引き下げて、達成感を味わいやすくしてモチベーションを一時的に回復させるのもいいかもしれない。しかしその達成感に溺れて目標を低いままにしてしまってはパフォーマンスは上がっていかない。良い成果を得るという希望は叶わない。
目標に対して未達ばかりで不満を感じているのであれば、一度自らの成果の変化を見直してみると、不満を抱えながらもパフォーマンスは上がっている、という意外な事実に気付けるかもしれない。そうすれば、その気付き自体が達成感を生み出してくれるかもしれない。そう、目標に向き合うときは、成果・パフォーマンスに注目することをオススメする。そうすれば、高い目標を設定し未達になったとしても、パフォーマンスが上がっていることに対して少しは満足感を味わえるようになるだろう。
注釈
↑1 | しかしそうした兄貴がこのような場面で登場しないだけで、社内に存在していなかったわけではない |
↑2 | 代替案となるA社以外の提案先企業がたまたま良い金額で成約してくれそうだとなれば、A社に対する期待も自ずと高くなるので、結果的にパフォーマンスが上がることになる。しかしこれは代替案次第ということになり、代替案を基準に考える目標設定ではパフォーマンスが上がる可能性も下がる可能性もある、ということになり、代替案に左右されてしまうことになる |
↑3 | V.L.Huber and M.A.Neale, “Effects of Self-and Competitor Goals on Performance in an Interdependent Bargaining Task,” Jornal of Applied Psychology 72, no.2 1987 |
↑4 | 過去30年の調査で世界で最も幸せなのはデンマークの民族であるデーン族であるとされてきた。これはデーン族の67%が「今の自分の生活に満足している」と回答したからである。これは『期待が低かったこと』が理由である |