そんなに会話がしたいなら、これを読め・ヨメ・会話術

書籍「超える技術」からの一部抜粋です

会話術について書かれた本は多く、そして結構売れていたりする。
相手の心をつかむ会話術とか、交渉に勝つための会話術とか、雑談をするための会話術など、さまざまな切り口で会話術についての本が出版されている。
ハーバード式、とか、マッキンゼー式とか、ハリウッド式とか、会話と一体何が関係あるんだと思うような冠が付いていたりするものもあるが、 その方が売れるので仕方がない。
資本主義の世界では売れるものが偉いのだ。

会話というものは人間特有の行為であり、そしてその会話自体が人間の欲求を満たしてくれる不思議な現象である。
何かの目的を果たすために会話をすると思っている人が多いが、会話の大半はそうした何かの目的があって行われるわけではなく、会話そのものが目的として成り立っている。
会話がうまくいくと気持ちよくなり、会話によって安心し、会話によって癒されるのである。
人は社会的な生き物であり、常に誰かとのつながりを求めている。
会話というのはそのつながりを実感できる行為であり、人間にとってみればとても本能的な行為なのでもある。
だからこそ、会話がうまくいかないと思い悩むことになり、会話のテクニックを学ぶことによって会話をうまく成り立たせたいというニーズが生まれる。
会話というのは相手があって成立する。
言葉を発する話者は、それを聞いている聴者の反応を見て、次なる話を調整する。
会話というのは「聴者の反応」というフィードバックがあってこそ成り立つ。
会話の基本というのは、話者と聴者のダンスなのである。
そしてこの話者と聴者という立場はランダムに入れ替わる。
これが会話の基本でありコミュニケーションと呼ばれるものである。

会話で重要なのは、言葉として発している内容ではなく、声の調子や態度、リズムの方である。
なぜならば会話というコミュニケーションの中で発される言葉の大半は、相手に伝えようとしているメインテーマとしては冗長なものであり、言葉のみに注目するのであれば削ってしまっても意味が通じるようなものばかりだからだ。
しかし実際にはそれらの言葉を削ってしまうと会話が成り立たなくなる。
それらの冗長な言葉の意味は、相手とのリズムを合わせるためだったり、相手のテンションを自分のテンションに引き込むためだったり、 言葉上のメインテーマとは別の作用を狙っているのである。
そしてこれらがまったくうまくない人がいる。
そうした人は「会話が苦手な人」と思われてしまうのである。
会話が上手い人というのは、これらを無意識的に行っている人であり、 会話によってうまく相手とダンスが踊れる人なのである。

大勢の前で独演会をする人が、必ずしも会話が上手いわけではない。
言葉を組み立てることが得意な人の誰しもが会話が得意なわけではないのは、 現実の世界では会話をする際には、ダンスをする相手は常にランダムで、その相手はそれぞれで微妙にテンポが異なったり、反応速度が違ったりするので、それらを瞬時に調整する能力が必要で、単に言葉を発するのが得意なだけでは、それらをカバーすることができないからだ。
コミュニケーションの中では、言葉そのものが持っている意味から文脈を察するのではなく、話しているテンポやリズムや声の調子などから、意味を読み取ろうとする。

たとえば笑いながら
「お前は本当バカだな」
と言われた場合と、目を細めて冷めた口調で
「お前ほんとバカだな」
と言われた場合は、意味が異なってくることはわかると思う。
前者の場合は本当にバカだと思っているわけではなく、互いの距離感の近さを確認し合っているのである。
後者の場合は侮蔑が含まれており、 本当にバカだと思っているかどうかはわからないが、相手のことを見下していると感じ取るだろう。
会話においては、言葉そのものが意味を決めるのではなく、音として聞こえてくる声の調子やリズムや表情を含めた態度などの方が意味を決める。
聴者も、話者の表情や声の調子から、うまく意味を汲み取れないとコミュニケーションはうまく機能しない。
言葉だけに注目してしまうと、まったく違う意味として解釈してしまう恐れがある。
聴者にも「聞く力」が必要なのである。
そういう意味では会話というのは共同作業であり、話者の一方的な能力に頼っているわけではない。
なので会話術なるものはこのメカニズムについて理解しておくことが前提であり、これらの前提を無視したような、言葉だけを扱う会話術は、現実の世界では使い物にならない。
会話において重要なのは「何を話すか」ではなく「どう話すか」なのである。

うまい会話というのは共同作業であり、円滑なフィードバックループを延々と繰り返し続けることである。
そのような会話をし続けられるのであれば、とくに会話術なるものを必要としないであろう。
会話術を求めている時というのは、そのような円滑なフィードバックループを生み出せないと感じている時である。
会話において、困難なシチュエーションを経験し、それを何とかしてうまく改善したいと思うからこそ会話術に助けを求めるのである。
なので、役に立つ会話術というのは、円滑なフィードバックループが起こせていない原因を究明し、その対応策を与えてくれるものである。

そしてこの場合は大抵、 言葉そのものの意味に問題があるわけではなく、メインテーマとは直接関係のない冗長な言葉や、声のトーン、表情、態度の方が問題なのである。
そして会話は共同作業なので、会話がうまく成り立っていないシチュエーションというのは、どちらかが一方的に悪いということはあまりなく、双方がうまく適応できないことによって起こることの方が圧倒的に多い。
それらを「波長が合わない」と表現する人もいる。
このような表現を使う人は、本能的に「何かがうまく合っていない」と感じ取れる人であろう。

会話が上手い人と話している最中には、思い悩むことはないはずだ。
しかし多くの人は「会話がうまいと思う人」を「本当に会話が上手い人」と混同してしまう。
会話がうまいなと思う人を見た時に「それに比べて自分は会話がうまくないな」と劣等感を覚えたりすることがあるだろう。
実際にその人は周囲にそのような印象を与えてしまっている時点で会話はうまくない。
本当に会話が上手い人というのは、周囲に劣等感を与えないのだ。
自分は会話がうまいんだと周囲に見せびらかすように誇示しているような人は、本質的な意味での会話は上手いとは言えない。
それが理解できると、そのような場面で劣等感を感じる必要はなくなる。
むしろ気をつけなくてはいけないのは周囲が劣等感を感じているにもかかわらず「自分は会話がうまくできている」と錯覚が強まってしまう方が厄介だ。
なので本当に会話が上手い人というのは話している時間より聞いている時間の方が長い。
話しすぎるとそれによって周囲が劣等感を感じているかどうかが分からなくなる。
聞く時間を長くとって、誰かに喋らせておいた方が、周囲の反応を察知しやすい。場のテンポやリズムやテンションのわずかな変化を察知するために観察しているのである。

なので「会話が上手いと思われる人」と「本当に会話が上手い人」は一致しない。

会話というのは聴者が重要で、聴者が飽きてしまっていたり、聴者からのフィードバックが話者に伝わっていないと、その会話は苦痛である。
本来会話は楽しいはずなのに、苦痛の場になってしまっているのは勿体無い。
そのような会話を放置せずに、カウンターによって修正していくのである。
会話というのは何を話しているかが問題というよりは、その雰囲気や態度の方が重要であると考えることによって、
「なぜこの人はこのような話をしているのだろうか」
と一歩引いた視点で話が聞けるようになれば、会話というメカニズムの構造が見えてくる。
話をしている側は「求められているから話している」のであって、誰も聞いていないシチュエーションで話し続けることはできない。
話している側が楽しいばかりで、聞いている側はそれほど楽しくもなくむしろつまらないと思っていたりする場合は、聞いている側のサインが話している側に伝わっていないのである。

会話をしているその舞台の上に立って舞台の存在に気づかないのではなく、舞台を観客席から眺めている感覚で舞台の上にいる自分を客観視するのである。
会話というコミュニケーションの中にいながらも場を意識しよう。

会話というのはそれ自体が目的を持っており、うまくいく会話というのは気持ちがいい。
何かの結論を出すためだけに会話があるのではなく、会話そのものが喜びでありストレスを減らし、癒しをもたらす効果がある。
むしろその効果のために人は会話をする。
なので会話をする際に「何の目的で会話をするのか」といちいち確認しなくていい。
その確認を入れることで、会話の持つ本来の効果に水を差すことになる。
効果を失ってしまう。
「何の目的で話をするの」と聞いてくるような相手と会話をしたいと思うだろうか。

社会は会話で成り立っている。
だからこそ、うまくいく会話は重要である。

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