道具を扱うヒト
ヒトと他の生物の相違点
ヒト*1)は多くの点で他の生物と違う部分がある。そうした幾多の相違点の中でも、突出して大きい相違点は『道具を使う』ことである。チンパンジーやカラスも、石や木の枝などを原始的な道具として利用することはある。しかしそれらを加工して新たに道具を生み出すことはない。ヒトはこれまで火薬、羅針盤、活版印刷など、他の生物ではとても扱えない代物を生み出してきた。自転車、鉄道、自動車、飛行機、ついにはロケットまでも作り上げてしまい、ヒトの移動範囲は宇宙にまで広がった。地球上の生物の中でヒト以外に自らの意思で大気圏外に達した真核生物はいない*2)。
なぜヒトは道具を扱えるのだろうか
身体的特徴として二足歩行になったことで前脚を歩くために使う必要がなくなったことで自由になり、それらが腕となりそして手を使えるようになった。そして親指が他の指に正対する位置に進化したことで指で細微なものを掴むことができるようになった。複雑な道具を作ることができる器用な『指先』を獲得したのである。しかしこれらの身体的特徴はヒトが道具を使いこなす進化のまだ始まりに過ぎない。
ではヒトはさらに何が違うのか。それは認知力である。ヒトは物体を見てその使い方を想像することができるのである。さらには物を見ずにしても使い方を想像できるようになったのである。ヒトが道具を扱えるのは、その使い方を考え出すことができる想像力とその道具の可能性を追求する原動力となる好奇心の成せる業なのである。
そう、道具を扱うことは『ヒトとしての証明』なのだ。
こだわりの逸品たち
となかなか長めの前置きを書いたところで、今回の本題に移りたい*3)。
私がデスクにいる際にこだわっているものはいくつかあるが*4)、以下のものを紹介したい。
- 筆記用具としてのノート&ペン
- 入力装置としてのキーボード
- 聴覚管理としてのヘッドフォン/イヤーマフ
- 昇降式スタンディングデスク
その中でも今回は1のノートを紹介したい*5)。
筆記用具としてのノート&ペン
今現在 私自身が使うノートは、直接中国の工場とやりとりしてオリジナルで作ったものである。その理由はノートの消費量が多いためである。愛用しているハードカバータイプのノートを小売で買うと、コストがかさみ過ぎるのである。
以下の写真は35歳の誕生日から36歳の誕生日までの1年間で書き潰したノートたちである。
今から5年ほど前からこれらのハードカバーノートはなるべく同じサイズに統一し、その果てに現在ではノートそのものを完全に統一している。文字を詰め込んでビッシリ書けるように、方眼をベースにやや変則的にいじった形にデザインしたオジリナル罫で製作している*6)。今となっては横罫のものや余白が多いものは落ち着かない。
それまででも書く量は多かったものの、ノート自体には無頓着で、特にこだわりなくその時に手に入るものに書いていた。しかし結果的に色んなタイプのものにバラけてしまい、そして書くルールも決めていなかったので、記入済みのノートが増え続けていくと、どこに何が書いてあったのか参照するのが難しくなってきた。その結果、書く瞬間に「どう書けば後から参照しやすいだろうか」とノートに書こうとする度にワンテンポ遅れてしまっていることに気付いた。
そしてノートを書くためにはペンを取り出さなければならない。「ペンがどこにあるのか」と探して取り出すようなことがないように『ペンの常備』もノートにとって重要なのである。
などと考えるようになり、そこから徐々に最適なルールを試しながら統一していくようになった。
<ノートに求める条件>
- すぐ開いて書き出すことができること
- どんな体勢でも書けること。立っていても机がなくても書けること
- ペンと一体にできること。ペンをノートとは別に保持しておく必要がないこと
- 保管環境を選ばないこと。本棚に綺麗に収まる&積み上げても倒れないこと
これらの条件を満たすノートが『ゴムバンド付きのハードカバーノート*7)』となる。
ペンをどのようにしてノートと一体化させるのか
ペンはゴムバンドで巻きつける。巻きつけ方は以下。
こうすることでペンは常にノートと共にあり、ペンを探す必要がなくなる。ノートを書こうと思ってから「イチ・二」で書き出せる。ノートのサイズは2タイプ。手に収まるポケットサイズとA5サイズである。ポケットサイズのノートは常にジーンズの左ケツのポケットに入れてある。メンズのジーンズであればうまく入るサイズなのである。なので私はほぼ年中ジーンズである*8)。
一体何を書いているのか
しかしそれらノートに一体何を書いているかというと、ほとんどが内省のためにただ書くという行為を利用しているとも言えるかもしれない*9)。
今改めて読み返してみると、当時の今の自分が何をしようとしていて何を考え何を思い何を感じたのかという思考・感情・行為などが書かれている。知ったこと、読んだ本、なども書いている。化学式、方程式、キーワードと意味、なども書いている。とりあえずなんでも書いている。理解のために数式の途中の計算過程を全部書いているようなものなのかもしれない。なので数学と物理系での記入量の割合が圧倒的に多い*10)。
番外編:ハードカバーノート以外
これはかなり特殊な形状のノートであるが、横にするとキーボードの幅に合うので、キーボードに触れ合う時間が長い仕事の人にとっては*11)重宝するのではないだろうか。しかし絶望的なことに、このノートはもうない。生産を終了している*12)。
アナログでもまだまだ手書きノートは強い
便利アプリ満載のスマートフォン、フルキーボードのノートPC*18)、画面を触っていじれるタブレットなど、デジタル情報管理の世界は目覚しい進化を遂げ、そしてその進化のスピードはますます速くなってきている。情報の管理という一点では、手書きノートはもはやデジタルには遠く及ばない。
しかし、とっさの瞬間に、文字・記号・図にするには、今のところまだまだ手書きノートの方が初動が速い分、もたつかずに記録できる*13)。もたつかずに記録できるので、思いついたこともすぐに残せておける。実はそのコンマ何秒で、記録するか、やっぱりやめておくか、の判断が影響を受ける*14)。そしてついついやってしまいがちなのは、「これくらいのこと後でも覚えているだろう」と思ってしまい記録しておかず、後になってそんなことを思ったことすら忘れてしまったりする*15)。そしてフリーハンドでより多くのことを表現するために手書きにはある種の鍛錬と慣れがいる。その鍛錬が認知能力を刺激し新しい創造性をもたらしてくれる。PCのキーボードでの入力に比べて、手書きは理解したことや記憶を記号化しなくてはならないため、より多くのことを記憶できる*16)。手書きは脳への適度な負荷があることにも意味があるのだ*17)。
ちなみに私の消費ペースは240ページ/冊のノートを4週間で使い果たしてしまう。早い時は3週間というときもある。もしこれがスマートフォンやPCだったなら、きっとここまでのペースでインプットもアウトプットもできていないだろう。デジタルは自動化には強い。高度に自動化されたシステムがこれからもますます世界を便利にしていくだろう。
しかし、所詮はヒトの認知能力がボトルネックなのだ。そのヒトの認知能力を拡張する技術はまだまだ手書きノートに勝るものがない。見方を変えれば、そのくらい生物としてのヒトの進化は、デジタルの進化に対して遅れていると言える。そしてこれからますます引き離されていくであろう。そんな少しずつしか進化できない我々ヒトは、デジタルがまだうまく対処できない領域に乗り込み、手書きノートで戦うのだ。
注釈
↑1 | ここでは生物学上の分類でのホモ・サピエンスのことを意味して『ヒト』という表記を用いている |
↑2 | ヒトが打ち上げたロケットの中や外壁に、ヒトが宇宙に運ぶ対象として”選ばなかった”原核生物やウイルスならいたかもしれない。果たしてウイルスが生物なのかどうかの議論にはここでは触れない |
↑3 | 前置きからここまで読み進めるまでにどのくらいの読者が読むのを止めてしまっただろうか。8割くらいならいいが、半分くらいの読者が読むのを止めてしまっていたとしたら、それはいたく反省することとなろう |
↑4 | 厳密な表現を用いるなら「かなり多くの数、ある」の方が正しい |
↑5 | 反響がよければシリーズ化して他のも記事にして紹介してみようかと思うので、他のも読んでみたいと思われる方はTwitter、はてブなどにてシェアしておいてもらえればやる気が出ます |
↑6 | このデザイン自体をいじるのも私自身で行う |
↑7 | これを「モレスキン」と呼ばれてしまうことがあるが、モレスキンはハードカバーノートのうちのひとつの製品ブランド名であり、私が使っているノートはモレスキンではない |
↑8 | 当たり前だがそのジーンズは様々なものを複数持っている。年中1本のジーンズを着続けているわけではない |
↑9 | まあつまりは、ただ書いているだけということも含む、ということを小難しく言い換えただけに過ぎないわけだ |
↑10 | ちなみにその中でも一番多かったのは群論である。図を何度も書き出していたらページをなかなか消費する |
↑11 | 仕事以外でキーボードに長く触れ合っていてこのノートが有効活用できるような趣味などが単に思い浮かばなかっただけで、仕事に限定するものではない |
↑12 | このノートWhitelinesを作ったスウェーデンの会社はうちの会社とほぼ同時に創業しており、創業時からCEOとメールでやりとりをしていた。今うちにあるWhitelinesのこの形状のノートはその当時にスウェーデンから買い付けたストックがあるのみ。その後アメリカの会社に事業譲渡したのか、販売権を譲渡したのか、そのあたりの詳しい事情は定かではないが、今販売を行なっているアメリカの会社のWEBサイトをみてもこの形状のノートは見当たらない |
↑13 | 私のようにペンとノートを一体化させてジーンズのケツポケットに入れておけばなお速い |
↑14 | 人の習性として「面倒なことはやらない」のだ |
↑15 | ちなみに『すぐに忘れてしまって凡ミスをしがちな人』というのは、『自分が忘れてしまうということを忘れてしまう』というかなり致命的な状態に陥っている場合が多い |
↑16 | UCLAの心理学者Pam A. MuellerとDaniel M. Oppenheimerの研究で、PCよりも手書きでノートを取った方がより覚えが良いという結果がある |
↑17 | ワシントン大学の研究で、手書きで作文を書く子供の方がPCを使う子供よりもより良く速く書くということが判明。その後大人になった後の脳の画像検査では、文字の形成、選択、認識で優位であることが明らかになった |
↑18 | MacユーザーはMacBookAirと読み替えてくれ |