意志力を攻略するには『記憶』に集中せよ

意志力の重要性

人間社会において最も重要な行為は『交渉』である。 そして人間の能力で最も尊ぶべき能力は『意志力』である。

偉業を成し遂げる人物はこの二つを駆使している。 この二つのどちらもなしに他にどんな能力があっても偉業は成し遂げられない。よく才能が埋もれてしまう、という言葉を耳にするが、『交渉力』と『意志力』の2つがあれば、優れた才能が社会から評価されずに無視され埋もれてしまうようなことはない。なので幼少期から大人になってからも、常にこの2つの能力『交渉力』『意志力』を高められるような支援を行うことが、本質的な支援になる。いくら教育やお金の支援をしてもその2つの能力がなければ無駄になってしまう。まず最初に社会が育んであげるべきはこの2つの能力である。

しかし意志力は誤解されている

意志力というと根性論と結びつけて批判する人が現れるが、根性論の悪いところは「意志力は有限のリソースである」という前提をまったく無視しているところである。しかし意志力は使えば使うほどにすり減ってなくなっていく。そして適切に休めば回復する。鍛えれば強くもなる。鍛えなければ弱くもなる。筋肉と同じである。根性論では「鍛えれば強くなる」という意志力の特徴の、とある一面的な事実しか受け入れていない。なので根性論は悲劇を生んでしまう。『根性は無限である』とし、『根性さえあれば意志力は無限に扱える』と考えていることが大きな問題なのである。なので私は根性論をこの世から廃絶したいと思っているし、根性論の被害に遭う人がいなくなることを強く願っている。だから私が意志力というときは決して根性のことを語っているのではない、ということは再度強調しておきたい*1)

意志力は使えばすり減るが自覚できない

意志力と筋肉の違いは、疲弊時の自覚がないことである。 筋肉は使えば疲労を感じ、ときに行き過ぎれば痛みを感じる。しかし意志力は減ってきても本人は自覚しない。なので長時間労働を繰り返して意志力が減ってくると『効率が落ちてきているのでこれ以上続けるのは時間の無駄』という判断すらできなくなる。無意味な長時間労働を続けてしまう*2)

意志力が減ってきたかどうかのチェックは『外部刺激に対して感情反応が強まっているかどうか』である。いつもなら我慢ができるものに対して、我慢ができなくなってしまう*5)としたら、それは意志力が疲弊して減ってきているのである。

日本では「意志力は鍛えて強くできるものだ」という考え方はすんなり受け入れるが、「意志力は使い続ければ疲弊して減ってしまうものだ」という考え方はまだまだ浸透していない。そして意志力の話をするとメンタルヘルスの話に転嫁する人が一定数いることからも、やはり意志力に対する理解はなかなか簡単には進まないな、と思わされる。

意志力の低下は病気ではない

『意志力の消耗』とは、『心の病気』とはまた異なる概念であり、『意志力』を回復させるには睡眠で十分である。通常は一晩の睡眠でも十分に回復する。軽いものなら昼寝でも回復する。 筋肉の疲労を病気と扱わないのと同じである。健康な人でも1日の中で意志力は減ったり回復したりしている。なので『意志力の消耗』と『精神疾患』は同じ尺度で取り扱うものではない。『意志力』を『心の問題』と曲解してしまうことがミスリードを生み出す。

『意志力』とは単に、目の前のやるべきことに集中し、気を散らすものを無視し続けられる能力のことである。『意志力』の消耗とは、目の前のやるべきことに集中しにくくなり、無視すべきものを無視しにくくなることで気を散らされてしまう状態になっていくことである。メンタルヘルスとはまた全く違う概念である。「意志力がない人はみな精神疾患者になってしまう」という解釈につながるような文脈で用いるべきではない。

意志力は鍛えられるがうまく休息と組み合わせること

「意志力を鍛える」というのは「目の前のなすべきことに集中する力と、気を散らすものを無視する力を、それぞれ高める方法を実践し、物事を成し遂げる力を鍛える」という意味である。そして鍛えられるからといって、その意志力の継続時間は無制限になるわけではない。消耗してくればきちんと休息をとって回復させなければならない。でなければ意志力は強くならない*3)

必要なときに意志力を最大限発揮するためにも、意志力を節約しておくことも重要である。ではどのように意志力を節約すればいいのだろうか?

人は10%しか記憶しない

人間は一日の間に約9,000回もの決断をしている。些細なことから重要なことまで常に「どうすべきか」と多くの決断を下している。そうした決断を下す際に、様々な情報を基に判断をしなくては正しく合理的な決断はできない。しかしそれら判断に必要な基準をいちいち考えて思い出そうとしてしまうと意志力を余計に消費することになる。なので重要な決断のための判断基準だけを予め記憶しておくと、思い出そうとする意志力を節約できる。

人は20分後には58%しか記憶していない。そして24時間後には25%しか記憶していない(エビングハウスの忘却曲線)。即座に思い出せるほど鮮明に反応できる記憶となれば5〜10%程度しかない。それほど記憶というのは不確かなもので、あてにならないものなのだが、しかしそれでも望みはある。重要なことに絞って記憶し思い出させる仕組みを用意しておけば、記憶は決断のメカニズムにとって強力なショートカットになる。

『記憶』を利用するために毎朝重要なこと・目標を書き出し続ける

重要なことや目標は、完全に忘却してしまわないにせよ、即座の決断の際に常に記憶のトップにあるわけではない。時間をかけて意識を思い巡らせれば思い出せるだろうが、決断を下すタイミングで判断に使える状態になっていないのであれば、意志力が低い状態の場合では思い出せずに間違った判断を下してしまうか、意志力が残っていても思い出そうとする過程で意志力を消耗してしまう。なので常に記憶のトップ付近に掲げておくために、毎朝ノートに手書きで書き出すのである。毎日同じことを書いても良い。毎朝書くことに意味があるのである。これは『〇〇の法則』などの自己啓発やスピリチュアルなどの類のことを言っているのではない。記憶を用いて意志力を節約するための神経科学的なアプローチによる解決方法なのである。

人間は『多くを忘れてしまう』ということを忘れがちである。そして記憶は、『覚えている』or『完全に忘却してしまう』の2つの両極端で判断しがちだが、『時間をかければ思い出せるが即座に引き出せない記憶の奥底の方にある』状態の記憶も、『覚えている』に分類してしまってはいけない。

記憶を意志力の節約のために用いるためには、記憶の状態の分類を

  1. 『必要な時に即座に使える』
  2. 『時間をかければ思い出せるが即座に引き出せない』
  3. 『完全に忘却している』

の3種類にして捉えておく必要がある。重要な決断のために、必要な基準は常に1の『必要な時に即座に使える』状態の記憶にしておくと良い。

行動にもっとも大きな影響を及ぼす『記憶』という要素

人は記憶というメカニズムによって行動が引き起こされている。記憶は意志力だけではなく、交渉についても重要な要素であり、記憶は人間社会の全てにおいて重要な影響を及ぼしている。重要なのは『覚えていること』なのではなく、『適切なタイミングで思い出せていること』である。記憶の影響力を利用するには、記憶を想起するタイミングが重要なのである。そのタイミングをコントロールできるスキルについて近々論じてみたいと思う*4)

注釈

1 このように強調してもそれでもなお「意志力のない奴はダメだ、とおっしゃるのですか?」とか「意志力さえあれば何でもできるとお考えなんですか?」などというお茶目な質問を投げつけてくださる人がいる。意志力は万能でもなければ、固定されたものでもない。一日の間でも強まったり弱まったりするものなのだ。しかしひとたび根性論に期待してイメージしてしまうと正しい考え方を受け入れられなくなってしまう人が多い。そしてそれは本当に残念でならない。悲劇が減ることを願う
2 昨今の『働き方改革』という名のついた提言は「勤務時間を短くしましょうね」というものであるが、そもそも企業として付加価値を高める活動に取り組まずして労働時間だけを削ることを考えてもうまくいかない。削った労働時間分の収益がただ減るのでは意味がないからだ。そういう意味ではこの提言を考えた政府の人々自身が、長時間労働によって意志力が低下した後で絞り出した案なのかもしれない
3 だからといって休息ばかりとっていれば意志力の上限は下がってくる。使わなければ衰えてくるのも筋肉と同じなのだ
4 ちなみに今回の記事を書く際に、切り落とした導入箇所がある。そのボツ文章の文字数を数えたら1,400文字もあった。しかしためらわずにバッサリいった。今思えばその判断は正しかった。興味のある人もいるかもしれないので、その文章はボツネタとしてどこかで公開しておこうと思う
5 甘いものをいつも以上に欲しくなってしまう、お酒をいつも以上に美味しいと感じてしまう、いつもなら笑って過ごせる同僚のからかいにもイラッとしてしまう、など

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