インチキを見破る方法

世界はインチキで溢れている

人は、多くの人が信じているほど合理的ではない。論理的な誤りを簡単に起こす。それを分かっていて悪用する輩もいるし、善意に溢れる人が良かれと思って無意識に誤りを起こす場合もある。

言い争いになって、なんか筋が通っていないような気がするんだけどイマイチどこがそうなのかが解らない、と思ったことはないだろうか?

そう、日常はインチキで溢れているのだ*1)

インチキだと分かっていて言い返せない時ほどムカつくことはない

インチキのメカニズムが分かっていれば、インチキを悪用する輩から身を守ることもできるし、インチキに気付いていない無垢な隣人との不毛な議論を避けることもできる。自分自身も無自覚にインチキを犯して大事な人をイラつかせてしまうこともなくなる。

どうしてインチキが起こってしまうのか、その理由は以下の、脳の特性にある。

  1. 脳は自分の個人的な感情を最優先する
  2. 脳は信じたいことを信じる。脳にとって事実かどうかは、信じるか、信じないか、で決まる
  3. 脳はたった一回の経験を全てに当てはめようとする
  4. 脳は他人の話を一部しか聞かない。聞きたいところだけを聞く。
  5. 脳は言った通りのことを考えていない。脳は考えた通りのことを言わない
  6. 脳は後づけで論理的な理屈があったかのように正当化する
  7. 脳はなんでも単純化する
  8. 脳は本質的なものとノイズを区別できない

ではそれぞれの例を考えてみよう。

 

1.個人的な感情を優先する

「ご近所の奥さんたち、みんなが持っているのにうちだけ持っていないのは恥ずかしいから買って!」

と高級バッグを旦那にねだるご婦人。『恥ずかしい』という感情に訴えている。みんなが持っているから、というが、本当に10中10人みんなが持っていることを意味しているわけではない。感情によるインチキが起こっているのである。

そういう時に旦那はこう言ってみたとしよう。

「会社の同僚はおろか後輩まで俺よりいいゴルフクラブを持っているなんてかっこ悪いから買おうかな」

きっと即座に言い返されるだろう。

「みんなが持ってるからってあなたが買う必要ないわよ」

ご婦人は自分の恥で旦那も恥をかくと思っているのに、旦那自身がかく恥には動じないのだ*2)

「あなた私にみすぼらしいバックで恥をかかせたいのね。もう愛してないのね」

バッグを買う → 愛 と見事なすり替えが行われている。しかしここでバッグをすんなり買ったところで愛していることを示せるわけではない。あくまでバッグが欲しいのであって愛の証明が欲しいわけではないのだ。

なのでそのことを逆手に取ってみよう。

「じゃあ、どんなバッグが良いかじっくり探してみようか。僕の愛を測る大事なバッグだから簡単に決められないな。慎重に時間をかけて選びたいな」

時間が経てば少しずつ冷静になってくるだろう。決めるまでに時間をかけられれば、本当に必要なものだけが候補に上がってくる可能性が高まる。そして本当は必要ではなかったとなれば、購入自体を見送る可能性も高まる。感情は一時的に高まり、注意が逸れれば徐々に薄れてくる。時間と共に冷めるのを待つのだ。高まっているときに決断をさせてはいけない。

間違っても

「どうせ今だけですぐまた新しいのが欲しくなるんだよ。バッグごときで見栄張ってどうするんだよ」

とは言ってはいけない。言わずとも時間が経てばいずれ本人自身で気付くのだから。

 

2.信じたいことを信じる

「ハリウッドスターはみんな金髪だ。だから君もハリウッドスターになりたければ髪を金髪にするべきだ」

これを聞いてすぐに「おかしい」と思うだろうか。たいていの人はすぐ「おかしい」と気付くはずである。

しかしこれならどうだろうか。

「あそこの駅の前の宝くじ売り場で1等が5回も出たらしいぞ。宝くじで当たりたければあそこで買うべきだ」

宝くじが売り場が原因で当たると信じている人にとっては真実であり、インチキであることに気が付かない。全国の各宝くじ売り場での当選率が操作されているならともかく、これを間に受けて結果的に大量の宝くじを買ってしまってはもはやカモである。もし当たったとしてもそれはただの偶然である。

 

3.たった一回の経験を全てに当てはめる

「黒猫が横切った。不吉な日だ。こないだも黒猫が横切った日に財布を落としてしまったから、今日も不吉なことが起こるはずだ」

黒猫を飼っている人からすれば大変失礼な話だ。それとも黒猫を飼っていない人の前を黒猫が横切ったら不吉なのだろうか。ではその不吉なことが起こるとされる人がその日に黒猫を飼ったらどうなるのだろうか。こんなこと考えるだけ無駄だ。

 

4.他人の話の聞きたいところだけを聞く

「その時計、ぼくも買おうか悩んだんだ。自動巻なのに防水仕様だし。ちょっとレトロで味のあるところが君に似合ってるよ。今セールでお買い得だよ」

と店員に言われたらどうだろうか?店員は「買おうか悩んだ」と言っただけで、実際には買っていない。そしてセール品として売れ残っている。そしてその店員の言った「レトロ」が意味するのは「時間が狂う」という意味だったのだ。店員はあなたが聞きたいところだけ聞きたいように伝えたのだ。

買った後、あなたがそれらを受け入れた上でそれでも時計を気に入ったなら良い。しかし事前に全ての情報を正しく受け取っていたらどうだろうか?単に後悔したくないという理由で、あなた自身がその時計を気に入ったと思い込もうとしていないだろうか?これは6にも繋がる。

 

5.言った通りのことを考えていない。考えた通りのことを言わない

ときには、ある文の否定形がその反対語と混同される。「良い」の否定は「良くない」、「良い」の反対語は「悪い」だ。そして「良くない」と「悪い」は同じではない

ある映画が「良くなかった」と言っても、それは必ずしも「悪かった」を意味するわけではない。文章上の正しい意味論では、単に「良くない」というだけで、悪いかどうかは分からないのだ。この場合は「普通」も含まれる可能性がある。しかし、言った当人は「悪い」という意味で用いている場合もある。そう、これだけでは分からないのだ。そしてこれがトラブルの元となる。否定形を使うのをやめて肯定形にできないか、試してみよう。

「山田さんはあなたのことが好きではないようだ」

と言う代わりに

「山田さんはあなたのことはどうとも思ってないようだ」

と言えないか考えてみよう。もし上記の肯定形に不自然さを感じるのであれば、

「山田さんはあなたのことは好きでも嫌いでもないようだ」

と少なくとも反対語ではないことを強調しておこう*3)

インチキの例としては

「国民の半数は〇〇党(対抗する政党)を支持しておりません!」(だからといって□□党を支持しているわけではない)

というものがある。嘘ではないが、印象操作であり、それを意図しているものだとしたらそれはインチキだ。考えていることと言っていることが違うという特性を悪用しているのだ。

 

6.後づけで理屈を付け加えて正当化する

4の『他人の話の聞きたいところだけを聞く』の中でもあった、時計の購入後の心理であるが、気に入った理由を購入後に考えたのにもかかわらず、さも購入前に考えていたかのように自分を納得させてしまうことがある。

酒に酔って車を運転して壁に車をぶつけてしまった木下さん。

「あいつが遅刻したから俺はイライラしてしまったんだ。そしてイライラさせるからそのストレスで俺はスナックに寄って酒を飲んでしまったんだ。そしていつもよりも飲んでしまったから運転を誤ってぶつけてしまったんだ。車を破損してしまったのはあいつのせいだ!」

この主張が通ることはまずない。そしてもしこう迫られても相手にしない方がいい。単なる自己正当化に過ぎない。悪いのは酒を飲んで運転をした木下さんであることを誰も疑うわけがないからだ。

しかし、

「クビにするなんてひどい!」

と人事部に言ったら

「クビにしたんじゃないよ。君に新しい道に進むチャンスを掴んで欲しいから契約を更新しなかっただけさ」

と言われた場合はどうだろうか?

7.なんでも単純化する

「あなたはケチだ。ケチというのは毎月フレンチレストランにも連れていかない亭主のことだ。あなたは今月わたしたちをフレンチレストランに連れていかない気だ。どうせ高いとか言ってはぐらかすんでしょ。だからあなたはケチだ!」

言葉の定義を極端に狭めることで、自分の想定している意味にしかならないように作り上げている。

「遅刻したのに言い訳するな。本気で来る気があったらそうしていたはずだ」

「奴らが貧乏なのは努力が足りないからだ」

「道を舗装しても意味ないよ。どうせ来年にはまたボロボロになるんだから」

これらはあまりにも物事を単純化し過ぎている。結果を生みだすためにすべき行為やその作用を無視している。これらのインチキを真に受けると痛い目にあう。

 

8.本質的なものとノイズを区別できない

「最近では皆コンピュータに頼るようになった。そして宗教から離れてしまった。教会に行く頻度も減った。なのでこれからはコンピュータが神に取って代わる。未来はコンピュータが神になるだろう。AIは新たな神なのだ」

人々がコンピュータを使うようになったことと、宗教から離れていったことに関連性はあるのだろうか?たぶん無い。AIの話をする場合では、宗教についての情報はノイズであり、宗教についての話をする場合では、コンピュータについての情報はノイズである。関連がないものを持ち込んでしまい、混ぜこぜにしてしまっていることに多くの場合、気が付かない。この手のインチキはタチが悪く、もっともらしい奇抜な専門用語風なキーワードをずらずらと並べられてしまうと、見分けがつかなくなってしまう。

 

まずは一旦、批判的に考えよう

昨今、誰もが忙しく動き回り、ひとつのことに時間を悠長に使っていられない。だからこそ効率的に情報を得ようとする。効率的に情報を得ようとすればするほどインチキに気付きにくくなる。しらずしらずのうちに誰かにインチキを仕掛けてしまい、そして誰かからもインチキが仕掛けられてくる。今や世界で流れている情報のほとんどがインチキで埋め尽くされている。いや、これらインチキ自体は昔から存在した。何も今に始まったことではない。単に技術革新によって誰もが情報を発信することができるようになりインチキを含めた情報の総量が増えたのだ。

これからもますます私たちが触れる時間あたりの情報は爆発的に増え続けようとしている。しかしその増えた情報の大半が結局はインチキだらけだとしたらどうだろうか。

人は生まれついて論理的に考えられるようになっていない。論理的に考えるには訓練が必要であり、たゆまぬ努力が必要だ。論理的に考えることができればインチキの大半は無視され、私たち自身から生み出される量も減るだろう。そうしたインチキ撲滅のためには、情報を受け取ったときに、まずは批判的に考えてみるといいかもしれない*4)。そしてその批判に耐えられそうな情報を探し求めよう。

でも心通う人たちとの時間を忘れてする『ただのおしゃべり』は楽しい。娯楽としての『ただのおしゃべり』を、決して「インチキだ」などと言って大事な人との関係に傷をつけてしまうような無様な真似だけはしないように気を付けてもらいたい。戯れるためだけの無害なインチキなら大歓迎な社会であって欲しいと願う。

注釈

1 今回は一貫して悪意のないもの/あるものも一緒くたに「インチキ」と呼んでいる。通常、悪意の有無ははっきりとは分からない。そして多くの場合、全く悪意がないということは少ない。ほとんどが、悪意の度合いが強いか、弱いかだ。悪意の度合いは状況や誰からの視点かによって評価が異なってくるため悪意の有無・強弱によって使い分けることはせず、単に「本物ではない」という意味で一貫して「インチキ」と用いることにした
2 しかしよりご婦人に近く・狭い範囲での社会的な恥に関しては敏感になる可能性が高まるので、この場合は、『会社の同僚や後輩』を引き合いに出すのではなく、ご近所さんを引き合いに出した方が良い流れになる可能性が高い
3 もし山田さんが相手を嫌いだとしたら「山田さんはあなたのことが嫌いだ」と言うかどうかはお任せする。
4 だからといってその批判をいきなりSNSでぶちまけるのはやめよう。それ自体がインチキに成り得るからだ。

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