驚異の集中力で極限まで身体反応を高める
4月のアメリカン・リーグの月間最優秀新人選手に選ばれた大谷翔平選手。さらに昨日のツインズ戦で第5号となるホームランを打った。ただただ凄い。 まだまだあどけない少年のような顔が、ダグアウトからグラウンドに出た途端、一気に変わる。その顔が変化するときに、高いプレッシャーを感じていることを見て取れる。常人なら身体のコントロールが効かなくなるほどの高いプレッシャーだろう。しかし今の彼の場合はこの常人では耐えられないほどの高いプレッシャーこそが、あの極限まで研ぎ澄まされた集中力を生んでいる。
参照元:MLB.com(英語)
二刀流という前人未到の偉業に挑戦することに冷ややかな意見もあった。シーズン前のスプリングトレーニングの期間ではなかなか辛辣な記事やコメントが飛げられていた。しかし今や誰も彼の二刀流の挑戦を揶揄したりしない。ホームランを放ってベンチに帰ってくるその悠然たる姿をみて、結果を出すことで周囲の意見は変えられるということを改めて教えてもらった。今の彼を見ていてそこから学べることは多いが、今回はハイパフォーマンスを発揮するための『高い集中状態』を生み出すメカニズムについて考えてみたい。
ハイパフォーマンスを発揮するには、まず負の感情が必要
プレッシャーによる緊張や不安などのストレスは、一気に 闘争or逃走 への準備のための様々な身体反応を起こす。心拍数を上げさせ、対象に対して敏感になり、手が汗ばんできたり、痒みや痛みを感じなくし、空腹や便意を止める。これが長く続くと、疲労し焦燥のためにイライラしてきたり感情的になってしまい良からぬ結果を引き起こしてしまう。
しかし、その高いストレスも一瞬であれば、身体反応を一気に高めるためのとても有益な準備として利用できる。その高いストレスを感じた後にリラックス状態に持っていくことで、集中しやすい状態を作ることができるのである。
出典: https://mirai.doda.jp/theme/wellness/mindfulness/
極限の集中状態が生み出す『ゾーン体験』については、エクストリームスポーツに多くを学ぶことができる*1)が、ゾーン体験に関してはまたさらに色々な条件が研究により示されているので、その辺に関しては『超人の秘密 エクストリームスポーツとフロー体験 (早川書房) :スティーヴ コトラー (著)』にて、より理解を深めることができるかと思う。
ストレス値が適切でない場合は失敗する
ストレスは高すぎても低すぎても、ハイパフォーマンスを引き出すことに使えない。これは個人差があり、感じ方により程度が異なってくる。同じ刺激に対しても、「ストレス耐性の低い人」は強いストレスを感じ、「ストレス耐性の高い人」はストレスを弱く感じる。なので「ストレス耐性が高い人」はかなり強めのストレスの方が良いことになり、そしてストレスというものは慣れてくると耐性がついてくるので、ハイパフォーマーは徐々にストレスを高めていくことで、パフォーマンスレベルも高めていけるのである。ハイパフォーマーは総じて「ストレス耐性が高い人」とも言える。
出典: https://mirai.doda.jp/theme/wellness/mindfulness/
自ら高いストレスを望む
高いストレスが良いパフォーマンスを生み出すということを知ると、全てのストレスは必ずしも避けて忌み嫌うものばかりではない、と考えられるようになる。多くの歓声、辛辣な批判、張り詰めた緊張感、どれもハイパフォーマンスに繋げられる必要要素と思えば、ストレスは常に悪いものと思うことはなくなる。
常々、私は「ストレスがもっと欲しい」と思うようにしている。皮肉なことに、ストレスを欲するとその時点でストレスレベルは下がる。「もっと緊張したい」と思えば緊張が和らぐ。「もっと悲しみたい」と思えば悲しさは弱まる。昨今、過度にストレスを嫌う風潮がある。ストレスは全て悪であり、ストレスのない人生を過ごすことが幸せであると思い込まされてそう望むことを強いられる雰囲気がある。しかしストレスのない人生など送れるはずなどなく、ましてやストレス値が低すぎるとパフォーマンスが上がらないので、それが果たして幸せな状態なのだろうか、と疑問に思う。どうせなら生きていく以上は避けられないストレスであるならば、いっそ有益に利用してしまおう、と考えた方が、ストレスは弱まる上に、より強いストレスにも耐えられるようになり、そしてパフォーマンスも上がる。
私は、当然ストレスだけを偏って欲しているわけではなく、リラックス状態を生み出すために瞑想も行う。巷では、ブームとなって久しい『マインドフルネス』とやらを、リラックスするため”だけ”のテクニックとして取り上げているものもあるが、「現代社会にはストレスが蔓延している」と皆がすでに暗黙に同意してしまっている昨今では、ストレスそのものにどうこう言うよりも、手っ取り早くリラックスにのみ焦点を当てたメッセージの方が注目を集めやすいからであろう。ストレスとリラックスは組み合わさってパフォーマンスを上げることができるのである。
大谷選手を見ていて「凄いな」と思うのは、彼はストレスを楽しんでいるように見えるところである。ストレスがハイパフォーマンスの必要条件であるということを理解しているのかどうかは分からないが、彼の振る舞いや言動からは、ハイパフォーマンスを出すメカニズムをすでに体現していることを読み取れる。
「(開幕投手の緊張について)緊張するからこそ、勝ったときにおもしろいのかなって……勝てる勝負に勝っても嬉しくないですし、どっちが勝つかわからない、むしろ負けるかもしれないくらいの勝負のほうが、勝ったときの嬉しさは大きいのかなと思います。だから、緊張しないとおもしろくないかなって思うんです」
彼が感じているプレッシャーは私たち常人には想像もつかないくらい計り知れないほどの重さがあるはずであり、そこに関して私ごときがとやかく言えたものではない。そして彼だけでなく、一流のプロ選手たちは皆、大舞台でとてつもないプレッシャーを感じてそれをうまく利用している。そこに達するまでには、幾多の鍛錬が必要であり、その期間はストレスのない生活を諦める必要がある。しかしそれでも大谷選手の屈託のない笑顔を見ると、野球というものをストレスも含め楽しんでいるんだな、と感心せずにはいられない。私は大谷選手を見ると、かつてそのプレッシャーを避けて遠ざけようと無駄な悪あがきをしていた自分が恥ずかしくなる。今の私はストレスを望むようになったからこそ、彼を見てそう思えるようになったのであるが、彼は間違いなく突出したハイパフォーマーであり、突出したタフなメンタルを持った人物であり、ストレスの扱い方を示して教えてくれる良き手本でもあるのだ。
注釈
↑1 | 高層マンション並みの大波にサーフィンで乗る、万里の長城をスケートボードで飛び越える、一切の登山用具なしで時には命綱さえつけず数百メートルの垂直の断崖を登る、など極限の状況に挑むエクストリームスポーツ。しかし彼らは決して自殺志願者などではない。彼らは自らが成功することを知っていて挑んでいる |