誰もが夢を見ることができる時代、しかし夢までも評価されてしまう時代に生きる君たちへ

4月になり街には新入社員らしき姿が見られるようになった。今日、初任給を手にする人も多いかもしれない。夢一杯に社会に飛び込んだのであろうか。それとも不安に締め付けられて不本意ながら労働環境に押し出されたのであろうか。

 

保険をかけて挑んだ夢

私が初めて正社員として組織の一員になったのは23才になる歳の時であった。教師として学校に就職した。メジャーリーガーになるという夢を自ら打ち砕いて*1)帰国し、「何か仕事はないかな」と探していた矢先に知人に専門学校の教師の求人募集の情報を紹介された。

連絡したら「明日面接に来てほしい」ということだったので、とりあえず金髪(で長髪)だった髪をスプレーで一時的に黒くし、気持ちの整理も準備も何もなく、面接に行った。母校の高校に近かった上に、校舎がかなり狭かったので、全然緊張もしていなかった。特に期待もなかったのかもしれない。期待を抱けるほど、仕事の内容を理解していなかったからだろう。なにせ2週間前までアリゾナのマウンドで野球のボールを投げていたのだから。薄暗い応接室*2)にて待たされているときは、監督室でクビを言い渡されるのを待っていたときを思い出してしまい、なぜか妙に開き直っていた*3)

面接をしてくれた先生は、私の履歴書を見るなり「あのときの君か!」となぜか私のことを知っていたようだった。面接後に知ったのだが、どうやら私は高校生のときから、この先生方々に知られていたということであった。それは当時私が高校生で情報処理の国家試験である第一種・二種を取得し、新聞に載ったからであった*4)。新聞に載ったときに、その記事を専門学校の先生たちで読んで「高校生で取られたら商売上がったりやな」と話題になったとのことで、覚えていたということであった。ということで、面接は1時間もかからずに即「4月からきてください」と決まってしまった。4月から、となると面接時は2月下旬だったので勤務開始まで1ヶ月ちょっとしかなかったのだが、分厚いテキスト3冊を目の前にして「これ全部覚えといて。大丈夫だよね、一種より全然簡単でしょ」と言い渡されてしまった。受験したのは5年も前。IT業界での5年は長い。そして受験勉強さながら、合格した後は、内容など全く綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 

そもそも高校で野球ばかりしていた小僧が、なぜ情報処理の国家試験など受けたのか*5)

中学生ながら、いつまでも野球は続けられるものではない、と考えていた*6)。いつかは引退しなくてはならず、そして引退後の人生の方が長いことも理解していた。そして、その野球に挑戦するためにも、周囲の支えが必要になる。そのためにも、夢を追うことの理解も、ないよりもあった方がいい。夢を追うことに対する反対について、大抵は「夢が叶わなかったらどうするんだ?」というものである。なので、野球を辞めた後のことを見越して、予め保険をかけておけば良い、とそう考え、野球をやめるであろう35歳位の頃(実際の引退はもっと全然早かったが)を見越した職業に繋がる技能は何か、と考えた結果、情報処理(当時はまだITという言葉では呼ばれていなかった)だと考え、情報科学科という学科のある公立高校を進路先に選んだ。そして高校卒業後に大学に進学する気はなかった。野球をするために大学に行く気はなかったからだ。大学に行きたくない、野球だけをしたい。しかし進学クラスだったので、進路が『就職』でもない、『進学』でもない、妙な状態になるのは、あまり周囲の協力を得やすい状況ではなくなってしまう。そこで担任の先生に相談したところ、「情報処理技術者試験の第一種をとったら大学を受験しろとは言わないよ」と言われた。一種を取れば、大学に進学しなくても周囲がネガティブに思うことはないのだな、と判断し、情報処理の国家試験を受験することにした。

そして2ヶ月間、学校の授業を全部捨てて、一種の勉強に(勝手に)振り替えた。英語の授業中だろうが、数学の授業中だろうが、構わず一種の勉強をしていた。それぞれの教科の先生にも事前に謝っておいた(謝っておかなかった教科もあったが)。

ある日、新聞に載っている、と工業の先生に呼び止められた。こないだの野球の試合かな、とか思っていたら、情報処理技術者試験 第一種に合格したことが掲載されていたのであった。受験したことをすっかり忘れてしまっていたこともあったのだが、野球以外のことで目立つのはちょっと恥ずかしかった*7)。でもこれで野球に専念できる、と安心もした。

しかしその後は、大学を受験もしているし在籍もしていた。結局「一種を取る頭があるんだからもったいないから大学くらい受けておけ」と言われ、「まあやっぱりそんなもんか」と思い、世間というものを思い知った。でも、その大学も2年間で辞めて、そしてしかし大学を辞めたことを後悔して1年後に別の大学に入り直した。アメリカで野球をしながらも常に将来に対する不安を抱えたままでいるのは、夢に全力を投じて集中することができないと思ったからである。そしてそのこと自体を否定的に捉える人もいる。保険なんてかけているから夢に真剣にならないんだ、「全て捨てて背水の陣で臨め!」といった類の意見だ。その人たちの言いたいことは分かる。しかし保険をかけなかったらかけなかったで、そもそも夢を追うこと自体を否定されただろう。まずは夢の内容そのものを評価され、そして夢の追い方まで評価されるのだ。

 

並走者はいる。あなたが意識しようがしようまいが、そこにいる。

人は皆、たった一人で走っているわけではない。自分の目指す独自の夢を追っていても、そこには必ず並走者がいる。しかしとかく目前の夢を追うことに必死になっているときは、その並走者たちの存在を無視しがちだ。言い換えれば、人は皆、それぞれの夢を追いながらも、誰かの夢の並走者である。夢を追う姿を見せることで、誰かの挫けそうな心に張りが戻ってくることもある。不意に誰かの夢追う声を聴いて、忘れかけていた自らの夢を思い出すこともある。愛する人の夢が叶うこと自体が夢となっていることだってある。

そして常に夢は誰かの評価に晒されている。とかく夢は脆く儚い。どこかの誰かからの心無い悪い評価で簡単に潰えてしまう。だから今はもう夢を語ることを避けるような時代になってしまっている。皆、夢を無防備に晒すようなことはしなくなっている。日常のように見えることをさりげなく晒しては、夢を必死に隠して守ろうとしている。「私は」という主語を「私たちは」や「社会は」などと勝手に共同体に置き換えて、主体性を薄めようとしている。そうやって夢を追う責任から逃げようとしている。でも、それでも夢を追う人が傍を通り過ぎる時には、並走したくなるはずだ。そして並走を始めたら、そのあなたが夢を追う者として、また誰かの夢の並走を促すことになる。だから無理に夢を追わなくてもいい。夢を追わなくてはならないと思い込まなくてもいい。傍を通り過ぎる夢追う人の存在にさえ気付ければいい。

そして、あなたの耳に入ってきた夢の評価は絶対ではない。それはあくまで評価を下した誰かの評価であって、常に変化する。意外なほど簡単に変化する。そしていつか分かるのだが、並走者は簡単には評価をしてこない。評価は重要だが、本当にほしい人たちからの評価は目立たないものなのだ。誰もが簡単に夢を見ることができる時代になった今、しかし夢自体も夢を追う姿までも評価される時代になった。そして誰もが夢を追っていることを隠すようになった。だからこそ隠さずに夢を晒して追っている人の存在に気付こう。そして夢追う人の並走として始まったとしてもあなたもいつかそのうち夢を隠さなくなっていれば良い。

4月の新入社員の群れを見て毎年思うことを書いてみた。

 

注釈   [ + ]

1. 長年の疲労がたたり肘が疲労骨折を起こしていたが、そのまま騙し騙し2年間投げ続けた結果、試合中に剥離骨折してしまった。これ以上はもう投げられないと自らの肘に現実を突きつけられたような気がした
2. というか校長室だったはず
3. いざクビになるとわかってしまうと「次どうするか」とすぐに気持ちを切り替えるようになるので、皆、いざ監督からクビを言い渡される時にはすでにもう次のことを考えているもので、実にあっさりしたものである
4. 私は高校生の時に、連続して3つの情報処理の国家試験を取得した。まず第二種から取得したが、これは『情報システムの開発、保守又は運用の業務について、1年程度の実務経験があることを想定する』というもので、当時同じ学校で合格したのは私を含め2名だけだった。そして第一種に関しては、その二種を合格した同級生も受験を辞退すると言い出した。第一種は『システムの開発、保守、運用のいずれかまたは複数の業務について、3~5年程度の実務経験があることを想定する』というものだった
5. いや、情報処理だけではない。簿記(日商簿記2級)の検定も持っている
6. ギター少年でもあったので、高校に進学する際に、将来の進路を音楽にするのか野球にするのかで迷った。が、お金を稼ぐ職業として考えた場合、歩む道がよりはっきりイメージできたのが野球だったので、野球を選んだ。今も長髪なのは、ミュージシャンに対する強い憧れと尊敬からである
7. 実はこれ以外でも、英語の弁論スピーチコンテストで入賞し、全校生徒の前で表彰されたことがあるのだが、これもかなり恥ずかしかった

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